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よんいちぜろ
日々のこととか、自分勝手な呟きとかそんなん。
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にちゃんの怖い話読んでたんだけど、ハートウォーミングまとめみたいなところを読んでいたら、ふと思い出したので書いてみる。
そんな面白い話じゃないけど、まあ、わたしの心が動いた記録ということで

一昨年くらいかな、ずっと入退院を繰り返していた祖父が亡くなったんですが、その話。
はい暗くなるからゴーバックな人は今のうちに戻ってね!

当時わたしは病院のそばの店で働いていて、仕事が午後からだったのもあって、仕事前によく顔を出してたんですね。
祖父は余命宣告を一昨々年の秋ごろに受けていて、もうホントにいつ死んでもおかしくないくらいだったのに、にこにこ笑ってて、わたしが訪ねるとありえないくらいに喜んで自分が好きなジュースが冷蔵庫に入ってるから飲んで、とかって勧めてくれたりしてて(祖父が好きだから見舞いに来る人が買ってきてくれるんだけど、祖父はその時もうジュースすら飲めなかった)
余命宣告がどんどん延びていってwww
一時期マジで嫌いだった祖父だけど、わたしが少し大人になると、すごく尊敬できる人だってわかって、好きだったんですね。理解できない考え方する時もあったけど、ほんとうに色んなことを教えてもらった。
で、そんな祖父も闘病を繰り返すうちに呆けてきたり、食事が出来なくなったりして、なんかすごい申し訳なくて、わたしには想像も出来ないけどすごいつらいし痛いんだろうなって思うと涙が止まらなくって、
昔ひどいことをしたわたしが今更生きてて欲しいとか、元気になって欲しいとか、少しでも楽に、幸せになってほしいなんて願うのがおこがましいような気がして、顔を出せなくなってしまって。
仕事が忙しくなってたのもあったんだけど、それも一時的なもので、すぐにまた顔を見せるようになったんですが、ある日わたしが顔を出すと、祖父はちょうどお昼ご飯の時間で、祖母も食事で席を立っていて
祖父は当時ほとんど食事も摂れないほどだったから、せめて元気付けようと思って話しかけてたら、
その日、祖父はご飯を食べました。食べて当然、みたいに。
煮物の食べ方から、ご飯を食べ終わったらお茶碗にお茶を入れて飲むところまで、昔と全然変わらなかった。
たくさん撫でてくれたその手は、信じられないくらいがりがりで、薬のせいで黄疸もひどかったけど、でもお茶碗をしっかり握って、食べてた。
幼い頃から、わたしに「絶対にお茶碗に手を添えなさい」って教えてくれた祖父らしかった。
何日ぶりかもわからないけど白米を食べた祖父を見て祖母は驚いて、「(わたし)が来たからかね」って言ってた。
それでわたしは、これからたくさん来ようって思った。

で、それから数日後。
仕事の研修で一時間くらい離れたところに行って、20時過ぎくらいに仕事を終えて帰ってきて、いつものように病院に寄ってから帰ろうと思って。
すごくお腹が減ってたから売店に立ち寄ろうかなと思ったんだけど、なんかよくわからないけど「後にしよう」って思って祖父の病室に行ったんですね。
そしたら、親戚やら家族やら集まってて、「あれ、今日何かあったっけ?」って思ってたら、手を握って泣いてた祖父の姉が、「手を握ってあげて」って。
そこでやっと、「あ、ドラマで見る危篤状態なんだ」ってわかって、しばらく手を握ってたら
びっくりするくらいあっけなく、静かに、祖父は永眠しました。
少し、笑ってるみたいだった。
全然現実感がなくて、わたしはほんとは少しだけ、祖父がやっと解放されたんだって嬉しかったりもしたんですね。
後半、たまに、もしこの人が望むならわたしはこの人を殺しちゃうんじゃないかなって思うくらいに、見てられないほどに、衰弱してたから。
涙は、心臓が止まる前に少しだけ出たけど、それから後は通夜も、葬儀も、まったく出なかった。
思うに、あの時、売店に立ち寄ってたら間に合わなかったと思う。
売店に寄る気まんまんだったのに、行くのやめよってなったのは、きっと祖父が「早くおいで」って言ってくれたんじゃないかなって。声は聞こえなかったけど。
あと、久しぶりにご飯を食べたあの日も、祖父が考えてたかどうかはわかんないけど、わたしを元気付けようとしてくれたのかもしれないなって。
葬儀の後で、売店に立ち寄ろうと思ったけどなんだか止めた、って話をしたら、叔母さんが、「みんながちゃんと死に目に会えるように待っててくれたんだね」って言ってて、その後でみんなにばれないように、ちょっとだけ泣いた。
どんだけ出来た人だよwwwwみたいな。
祖父は老人会やら、地域のなんやらやら、たくさんのことをこなし、字もきれいで数々の名作(と思っている)を残したかなりの英傑だったんだけど、死に際まですごい人だったんだなって、誇らしかった。
誰よりも人を愛してる人だったと思う。というよりは、世界を愛している人だったかもしれない。
古文の面白さも、人間との接し方も、礼儀作法も、歴史や神話の面白さも、わたしが今住んでいるこの場所のことも、ささいな風景から何かを受け取る自然の楽しみ方も、祖父が教えてくれたもの。
まあ、祖父はきっかけの一つでしかなく、わたしを形成したのはわたしと世界とたくさんの人だとは思うけれども。
所詮わたしの目から見た姿でしかなかったけど、人をまとめて、いくつになっても学ぶことを止めず、闘病生活でも一切弱音を吐かず、最後まで立派だった祖父はわたしの誇りです。


いや、普通にじーさんが死んだ話じゃんってなると思うんだけど、まあ……うん、あれだ!どれだ!
うちのじーさんはよく出来た人なので、夢枕に立って無駄にわたしたちを動揺させたりすることもなければ、後ろで見守ってくれてるような気がする、とかもなく、おそらくは天国で和歌でも詠んでるんでしょうが、
ときたま、無駄にがんばろうって思えるときや、きれいな風景を写真に撮れた時とかには、祖父が天国から「がんばれ」って言ってくれたんじゃないかな、天国で祖父がわたしの幸せを願ってくれたんじゃないかなって思ったりもします。いや、声はきこえ(ry
祖父の墓前でよく神頼みするんだけど(笑)これもまた、失敗したことが今のところない。
まあ、祖父の前で言った手前わたしががんばってるのもあるだろうけどねっ☆

気配は感じないんだ。だけど、存在を感じる。
それこそ、わたしの中に!ってヤツだねっ!

祖父は和歌が趣味で、よく自分が書いた和歌を飾ってたんですね。
で、祖父が亡くなってから短冊とかを祖母に貰って、祖父に捧げる歌を詠もうと思ったんだけど、できなかった。
それ以来、短歌も和歌もやめちゃってたんだけど、なんだろ、今は少し詠みたい。
詠めたら、祖父の好きだったジュースとドーナツを持って墓参りに行こうと思います。


っていうすこし懐かしむ話!
いやだわ、なんだか涙があふれちゃった。ドーナツ食べたい

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