• 08 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • » 10
よんいちぜろ
日々のこととか、自分勝手な呟きとかそんなん。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 その少女は毎週金曜日の夜、DVDを大量に借りていく。
「えー、こちら旧作ですので期間は……」
 お決まりの説明をしながら、気づかれないように少女を見つめた。高校生くらいだろうか、どことなく背伸びをしている印象を受ける。たとえば、肩で切りそろえた黒髪から覗く金色のピアスとか、長く伸ばした爪が薄くピンク色に塗られているところとか。深夜に出歩いているわりにはおとなしいほうだと思うけど、それでも、必死に大人ぶってつま先立ちをしているようなお洒落が微笑ましい。
 自分もこのくらいの年の頃は背伸びしたものだ。流行りを追いかけることに喜びを覚えていた。似合わないとわかっていて髪を染めて、制服を無理に着崩して、彼女のように週末には夜の街に繰り出した。まぁ、自分の場合、目的地はライブハウスだったわけだけど。
 思えば、あの頃の憧れが今の自分の原点だ。大好きなバンドを追いかけて、必死でベースを練習して、歌詞を、曲を書いていた。それが自分の未来につながると信じていた。
 なのに、その音楽からは大学を卒業と同時にきっぱりと手を引き、未練がましくこんなところで働いている。
 ああ、思うようにはいかないもんだなぁ。
 懐かしく思いながら、バーコードを次々に読み取っていく。あの頃、彼女のように背伸びをして染めていた髪は5年前に黒くした。流行りの服を着るのをやめたのもその頃だ。
 この、あの、その。一体どの地点を指してそう言っているのだろう。そこにあるのはどんな記憶だというのか。それはどんな価値を持っているというのか。
 ……ああ、まただ。
 脳内で氾濫する代名詞に、だから詞を書いてもいい曲が出来なかったんだと思い知る。こんなはずじゃなかったのになぁと、もう一度。レジの右端のデジタル時計が、かちりと動いた。あと1分で今日が終わる。
「……以上20点でお会計2000円です。ポイントカードはお持ちですか?」
 少女は律儀にポイントカードとお札を揃えて会計皿に入れてきた。彼女がポイントカードを持っているのはとっくの昔に承知していることだけど、決まり文句なんだから仕方がない。
「では2000円お預かりいたします。レシートをどうぞ。
 それから、ただ今キャンペーンをしておりまして、来月末までにこちらをお持ちいただくとレンタルが1点無料になります。是非ご利用ください」
 お金をレジに収めてから、キャンペーン用の小さなカードに今日の日付のスタンプを押す。あぁ、彼女の接客が終わったら日付を入れ替えておかなければ。
 4月1日、嘘を吐く暇も必要もない退屈な大人の1日が終わる。
 だから何というわけでもないけれど、何故かその隣に書く自分の名前は醜くゆがんだ。
 こんな時に、書き順の少ない名前はいいなぁと思う。伊藤とか、佐藤とか、工藤とか。複雑に線が交差する自分の名前を恨んでいるその間、少女はじっとこちらを見つめていた。
「では、どうぞ」
 カードを手渡し、商品を手渡すために袋を持つ。しかし少女はそのカードをじっと見つめて、そして、こちらを見た。
「これ、お名前、なんて読むんですか?」
 少女は珍しく、というか、初めて口を開いた。思ったよりも子どもっぽい声だ。
 その薄桃色の爪先が指し示すのは、たった今書いたばかりの「仲村渠」という文字。
「あ、えーと、〝なかんだかり〟です」
 名字の読みを好奇心で聞かれることは珍しくない。生まれてこの方、親族以外にこの名前の人間と会ったことはないくらいだし、相当珍しいのは自覚してる。ご先祖様を恨むと祟られそうなので我慢しているけれど、最後の文字は完全に不要だと思うんだよな。
「……なかんだかり、さん」
「はい」
 名札を指でつまんで見せてみれば、そこにも複雑な文字が躍っている。パソコンで出しづらいんだけど、とぼやく店長の眉間に刻み込まれた深い深い皺の複雑さもなかなかだったけれども。
「下の名前は、ちさとさん、ですか?」
 少女は首を傾げて名札を覗き込んできた。そこまで興味を持たれるような覚えはないけれど、見えやすいようにさらに角度をつけてあげた。
「はい。千のふるさとと書いて千郷(ちさと)と読みます」
 百一歳で大往生したという祖母が名づけた名前は、何やかやで響きは気に入っている。バンド活動をするときも使っていたくらいだ。おかげさまで、バンドの趣旨にそぐわないと大不評、解散する一つの原因にさえなった。
「ちさとさんは、いつも金曜日には、いらっしゃるんですか?」
 いつもなら商品を受け取るなり足早に店を出る少女が、今日は何故かレジの前から動かない。何か学校で嫌なことでもあったのだろうか。あるいは家に帰りたくないとか?
 そんな他人の事情に首を突っ込むわけにもいかず、べつに不快でもないし、さして忙しくもないので、彼女の世間話に付き合うことにした。
「うーん、大抵? ていうか、火曜と水曜以外は、この時間帯にいつもいる感じです。みんな入りたがらないからね、バイトの子は」
「ふうん。夜って、お客さん多いんですか?」
「まあ、暇だよね。だから、ほら」
 ないしょだよと、こっそりとレジの横から雑誌を取り出して見せてあげると、少女はうっすらと笑ったような気がした。
「ほんとに、暇なんだ」
「うん、暇です。だから、いつも来てくれてありがとうございます。おかげさまで給料泥棒にならずに済む」
 適当な社交辞令のつもりだったけど、少女は今度は間違いなく顔をほころばせた。美少女なだけあって、笑うとモデルみたいだ。もしまた音楽をやることがあって、さらに奇跡的にメジャーデビューしたらジャケット写真のモデルを頼みたいくらいだ。
「音楽が好きなんですか?」
 持っていたのが音楽雑誌だからだろうか、彼女はさらに質問してきた。
「あー、うん、まあ。昔、バンドをやってたの」
「へぇ。CD、置いてる?」
「残念、インディーズだから置いてない」
 少女は残念そうに目を伏せた。そのあまりのはかなさに胸が痛む。
 あぁ、ごめんね。才能がないばっかりに。
 こんなふうに、子どもをがっかりさせる大人にはなりたくなかったな。あの頃わくわくさせてくれていた、憧れのバンドの人達みたいになりたかった。
 こんな、ちっぽけなレンタルショップの店員じゃなくてさ。
「……また、話をしに来てもいいですか?」
 ちらりと腕時計を見てから、少女はそう言った。ああ、嘘吐きの日ももう終わる。遊び心さえ忘れた退屈な大人になりたくないと、脳裏を悪巧みがよぎる。
 気まぐれに、嘘を吐いてやろうと思った。
「うん、どうぞ。いつも君が来てくれるのを待ってるくらいだから」
 夜遊びをする女子高生をからかっただけのつもりだった。こんな怖い大人だっているんだよ、と。
 だけど、返ってきた言葉はまるで予想外で。

「……じゃあ、また来るね。
 私のことを好きになってくれるまで」

 言ってしまってから、はっとしたように口を覆う少女。そしてそのまま、さようならと吐き捨ててドアの方へ足早に向かう。
 それを目で追いながら、理解できずに瞬きをする。

 え? ちょっと待って。ええと   
 どういうことだ?
 え? まさか、そういうことか?
 きちんと訊きたくて、でも何だかそうしちゃいけない気もして、少女を呼び止めようと伸ばした手は空気をつかむ。
 すると、ローファーを履いたつま先がくるりと回った。

「ヒント! 今日は何の日?」

 後に残された退屈な大人である自分は、しばし逡巡し、「騙された!」と叫んだ。
 少女は入店音の軽快なメロディによく似た笑い声と、0時1分と印字されたレシートを残して夜の街に消えていった。

コメント

管理者にだけ表示を許可する
 

トラックバック
TrackBack//URL
Copyright © よんいちぜろ. all rights reserved.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。