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よんいちぜろ
日々のこととか、自分勝手な呟きとかそんなん。
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「チロは生まれ変わったら何になりたい?」
 みよちゃんはわたしの背を撫でながら、そう問うた。
 いつもふたつに結んでいたきれいな黒髪は、手術のためにさっぱりと切ってしまっていた。
 ふわふわと揺れるそれに手を伸ばすのがわたしの楽しみだったのに。
 まるで男の子のようなショートカットになったみよちゃんは、お母さんが編んだニット帽をかぶっている。この夏の盛りに、だ。
 昨日、病院からみよちゃんが帰ってきた。朝、みよちゃんが帰ってくるとお母さんに言われた時には、最近はなんだか寂しかった家もまたにぎやかになるなと思っていたのだけれど、久方ぶりに帰ってきたみよちゃんは、お母さんに車椅子を押してもらわなければならない体になっていた。
 かけっこが得意だったのに、立ち上がることもままならないみよちゃんは、こうしてベッドに座って、わたしを撫でているしかやることがないらしい。  わたしは、本当のことを言えば近所の公園まで散歩に行きたかったのだけれど、仕方ないからみよちゃんに付き合ってあげている。
 うなるように返事をすると、みよちゃんは、そうね、と笑った。
「チロはまだ若いものね。そんなこと考えるのは、早いよね」
 みよちゃんだってまだ7つだ。人のことは言えないだろうに。
 みよちゃんの声は少し寂しそうだった。わたしの返事が気に食わなかったのかもしれない。
 すっかりやせ細ってしまった手をぺろりと舐めると、大丈夫、とみよちゃんはわたしの背中を撫でてくれた。
 昔のようにまあるい手ではないけれど、みよちゃんの手は相変わらずやさしかった。それだけに、なんだか物足りなく感じた。
 みよちゃんとわたしは、みよちゃんがまだ立つこともできなかった頃からの付き合いだ。まあ、その頃はわたしもまだ、母の乳から離れられない子どもだったのだけれども。
 みよちゃんが立った日も、はじめてわたしの名前を呼んだ日も、わたしはすべて覚えている。
 小さかったみよちゃんがスモックを来て幼稚園に行った日も、お友達とけんかして帰ってきた日も、わたしはずっとみよちゃんの傍にいた。
 小学校に入学するのだと赤いランドセルを買ってきた日も覚えている。あまりにもきれいだったから爪を立てて、お母さんにひどく怒られたのだったか。
 お母さんは仕事が忙しいから、みよちゃんの遊び相手を務めてきたのは何を隠そうこのわたしだ。みよちゃんのことなら何でも知っている。言うなれば、わたしはみよちゃんのエキスパートなのだ。
 わたしは知っている。みよちゃんは、猫じゃらしで遊んであげると喜ぶのだ。きっと今日も、遊んであげたら元気になるに違いない。
 そう思ったわたしはぴょんとみよちゃんの膝から飛び降り、おもちゃ箱の中から猫じゃらしをくわえると、みよちゃんの膝に戻る。ふりふりと動くそれは、わたしから見ても魅力的なおもちゃだった。
「そうだね、久しぶりだもんね。遊ぼうね」
 みよちゃんは猫じゃらしを手に取ると、またわたしの背中を撫でた。そして、ゆるゆると猫じゃらしを振る。
 みよちゃんは、追いかけるのがたいへんなくらいの猫じゃらしの達人だった。なのに今は、手を伸ばせばすぐに触れるくらいの情けないスピードでしか猫じゃらしを振れないらしい。
 わたしの知るみよちゃんとはあまりにも違うその動きに、ああ、こんなことやろうなんて言わなければよかったとほんの少しだけ後悔した。
 病院にいけばみよちゃんは元気になるとお母さんは言っていたのに。だから、しばらくみよちゃんがいなくてもがまんしたのに。うそつき。病院はみよちゃんをだめにしただけだった。
 それでもみよちゃんに付き合ってあげなければ。もとのみよちゃんに戻るためにはリハビリが必要なのだから。それは、ほかの誰でもない、わたしにしか出来ないことだ。
 みよちゃんの情けない猫じゃらしに付き合って、わたしは体を動かす。みよちゃんは情けなくとも、わたしが飛びつく限り猫じゃらしを振ることをやめなかった。わたしを見つめて、猫じゃらしを振り続けていた。
 だからわたしは、ずっと、ずっと、猫じゃらしを追いかけ続けた。
「あっ……」
 しばらくそういうやり取りをしていたら、みよちゃんが突然猫じゃらしを落としてしまった。
 拾い上げようとする手は震えて、どうやらまともに動かないらしい。
 果てしなく広がる白いシーツの上に打ち捨てられた猫じゃらし。なんだかどこかで見たような、いやな光景だと思いながら、心配になってじいっとみよちゃんを見上げると、みよちゃんは大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて、唇をかみ締めていた。
 目が真っ赤だ。また体の具合が悪くなったんだろうか?
 ちょいちょいと手の先でみよちゃんの手に触れてみたけれど、みよちゃんの手が元気になる気配はなかった。
 みよちゃんは震える手をこちらに伸ばしてきた。どうやらわたしを抱き寄せたいらしい。みよちゃんのエキスパートであるわたしはそれを察して、自らみよちゃんの懐にもぐりこむ。
 みよちゃんの体は、なぜだか少し冷たいように感じた。寒いのかもしれない。少しでも体温が分け与えられないだろうかと必死に自分の体を押しつけていると、みよちゃんは手と同じように震える声で、しぼり出すように
「神様は、わたしのお願いを聞いてくれるかなあ?」
 そう言った。
 わたしは動きを止めて、はて、みよちゃんは信心深いほうだったかしら?としばらく考えてみたが、そんな記憶はない。みよちゃんに叶えたい願いがあるなんて、初耳だ。
 みよちゃんは続けた。
「わたしは、生まれ変わったら、もう一度わたしになりたいよ。もう一度、チロと猫じゃらしで遊びたい」
 そんな言葉といっしょに、ぽろっと涙がこぼれ落ちる。
「チロだけじゃなくて、いつか生まれるだろうチロの子どもとも、遊びたい。遊びたいのに、どうしてこの手は動かないの」
 みよちゃんの涙は止まらなかった。ぽろぽろ涙を流しながら、みよちゃんはわたしの背中を撫でる。
 みよちゃんはわたしの体に触れることが大好きだから、わたしはそうさせてあげた。情けない手つきだけれど、不快ではなかったし。
「わたしがいなくなったら、誰がチロと遊んであげるんだろう。チロは昔から、わたしにべったりで、お父さんやお母さんに甘えなかったじゃない」
 みよちゃんはどうやらわたしのことが心配らしい。わたしは別にどこも悪くないし、お父さんやお母さんとだって遊べるのに。今だって、ちゃんとみよちゃんと遊んであげたじゃあないか。
 みよちゃんはむしろ、自分の心配をするべきだ。みよちゃんが元気にならないと、猫じゃらしで遊ぶこともできやしない。
 わたしにはみよちゃんが心配するようなことなんて何もないんだよ、と頬を舐めてあげると、みよちゃんは感極まったようにわたしを抱きしめた。
 よわく、こころもとないみよちゃんの腕に、わたしは体を預ける。なぜか、そうしていないと、みよちゃんが遠くに行ってしまう気がしたのだ。
「チロ、ごめんね。ごめんね」
 みよちゃんは何度もそう繰り返した。
 わたしは返事をするように、ただ啼いた。

 黒い着物を着たお母さんは、あの日のみよちゃんと同じように目を真っ赤にして、さめざめと泣いていた。お父さんは同じように目を真っ赤にしてお客さんたちにご挨拶している。おじいさんやおばあさんも来て、お母さんを励ましたり、お客さんたちとお話をしたり。
 こんなににぎやかになるのなら、みよちゃんがいる時に集まればよかったのに、とわたしは一人、不貞腐れる。みよちゃんは、にぎやかなのが大好きだったのだ。
 それなのに、みよちゃんはひとりぼっちになってしまった。
 果てしなく広がる白い世界に、みよちゃんはぽとりと落ちて、そして動かなくなった。
 まだ小さくて、子どものみよちゃんが、どうしてそんなことになってしまったのか、わたしにはわからない。ただ、みよちゃんと遊んであげることはもうないのだということだけは、なんとなくわかった。わたしの知るみよちゃんが帰ってくることは、もう、ないのだと。
 やっぱり、病院になんて行ったのがいけなかったんだよ。あそこはみよちゃんをだめにしただけだった。
 最後なんて、みよちゃんは一言も喋らなくなっていた。チロ、と、舌足らずにわたしの名前を呼ぶことさえ出来なくて、落ちていく寸前、みよちゃんが震えながら開いた口からは、何の音も聞こえなかった。
 わたしから引き離したりするから、みよちゃんはだめになってしまったんだ。みよちゃんにはわたしが必要で、わたしにはみよちゃんが必要だったのに。
 ずっとそばにいられさえしたら、みよちゃんのことなら、わたしはなんでもわかったはずなのだ。それこそ、どうしてこんなことになってしまったのかとか、みよちゃんが最後にわたしに向かって言おうとしたことはなんだったのかとか。
 お母さんも、そのことは後悔しているようだった。どうせこうなるのなら、もっと家で一緒にいてあげればよかったと、夜ごと昼ごと泣き続けているのだから。
 みよちゃんにそっくりの顔でそれをされると、なんだかわたしまでざわざわと身の毛が立つような気がするのだ。
 わたしはおもちゃ箱から猫じゃらしを持ってきて、お母さんの前に置いた。一声上げると、お母さんはわたしを見て、涙をこぼしながら、笑顔を作った。
「そうね、遊びましょうね」
 お母さんはかつてのみよちゃんほど猫じゃらしの達人ではなかったけれど、仕方ないからわたしはお母さんと遊んであげた。
 お母さんが悲しい顔をしていたら、きっとみよちゃんは泣き出してしまうだろうから。
 わたしはみよちゃんの笑顔が好きだから、みよちゃんの笑顔のために、お母さんやお父さんを守ってあげるのだ。
 そこまで考えて、ふと、思いついたことがある。

 ――あぁ、もしかして、みよちゃんが最後に言おうとした言葉は。
 それが正解なのか間違いなのか、教えてくれる人はもういないから、わたしはただただ、猫じゃらしを追いかけ続けた。
 手を伸ばしても、伸ばしても、逃げていくそれを、ただ、追いかけた。

 みよちゃん。
 わたしもね、生まれ変わっても、またわたしになりたいよ。
 またみよちゃんに会いたい。みよちゃんの猫がいい。
 みよちゃんじゃないと、わたしは猫じゃらしで遊んでいてもつまらない。
 みよちゃんとまた元気いっぱいに遊びたい。まだ見ぬわたしの子どもたちも、みよちゃんに抱かせてあげたい。みよちゃんが大きくなったところだって見たいし、みよちゃんの子どもとも、猫じゃらしで遊びたい。またあのふたつ結びにじゃれつきたい。冬にはこたつで一緒に丸くなって、みよちゃんの誕生日にはわたしはみよちゃんの枕元で寝てあげるのだ。クリスマスには、プレゼントはじゃまだからけっとばして、みよちゃんの枕元の大きなくつしたの中で眠るのだ。
 みよちゃんと過ごした日々を思い出すと、なんだかざわざわする。
 ねぇ、もっと、もっと、みよちゃんと遊びたかった。
 もっと、もっと、もっと。

 お母さんの手から猫じゃらしがぽとりと落ちて、そして、大きな声を上げてないた。

 それはお母さんのものだったのか、わたしのものだったのか。
 落ちた猫じゃらしを拾い上げてくれる人は、もういない。

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