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よんいちぜろ
日々のこととか、自分勝手な呟きとかそんなん。
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 夏の風邪は馬鹿がひく、という。じゃあ秋の風邪は何だというのだろう。

 頭は内側から小人の猛攻撃を受けているように痛み、体は鉛のような重さを通り越して、もはや重力から解放されたように何も感じなくなっていた。ふわふわと浮かんでいるように、自分の存在を疑うように、何の力も入らなくなっている。息を吸うたびに咽喉が、肺が、ひきつるように痛み、視界はチカチカと火花が散る。
 真っ暗な部屋の風景とスパークする火花がまるで流れ星のようで、この世界にひとりぼっちのように錯覚させられる。果てしなく広がる闇の中で、わたしはふわふわと浮いているのだと。
 これは本当に、わたしの体だろうか。わたしの、生きているわたしの体だろうか。いつの間にかわたしは死んでいて、ゆっくりと浮き漂いながら消え去るのを待つだけの流れ星のひとつに成り下がってしまったのではないだろうか。
 漂うだけの終わりはいやだ。ひとりぼっちはいやだ。誰でもいい、わたしを世界につなぎとめていてほしい。そんなふうに右の手を伸ばしたわたしは、何よりも、その手が酸素しかつかめないことに恐怖していた。酸素には重みがないのだ。祈るように、もう片方の手を右手に添えた。それさえも、わたしに感覚を取り戻してはくれない。
どうして。どうして。どうして。わけのわからない恐怖心に、涙がこぼれそうになる。
 そんな時、手のひらに、ころんと丸い何かが触れた。そしてざあっと、派手な音を立てながら何かが降ってくる。
 星が降ってきたのかと思った。
 危うい視界でやっととらえたその丸い何かは、どうやらキャンディのようだった。ご丁寧に、「のどあめ」とポップな字で書いてある。流れ星にしては色鮮やかすぎるそれは、わたしの顔面とベッドを猛烈に攻撃しながらころころと転がっていった。
「あ、ごめん。起きた?」
「おき、るに……決まってんだろ馬鹿ぁああああ!」
 全力で叫ぶと同時に、酸素を吐ききった肺が、酸素の鎌鼬に遭った咽喉がけいれんする。ゴホゴホと咳き込むわたしの背中に、そっと手が添えられる。キャンディと同じく、確かに質感と重みを持った手。ついでにぬくもりも。
「ごめんごめん、なーんか、顔を見たらやりたくなっちゃってさ。飴の雨~、みたいな?」
「死ねよ……」
 舌打ちをしながら吐き捨ててみるけれど、わたしは安堵していた。あの無限に広がる星空の中で、流れ星になったわけじゃなかったんだ、と。ひとりぼっちではなかった。ちゃんと生きていた。そんな馬鹿馬鹿しいことで安堵して、涙がこぼれそうだった。そいつのやけにのんきな顔は、チカチカする視界の中でもなぜかはっきりと見えて、それがくやしかった。ん? と小首をかしげるしぐさとか、ずっと背中を撫で続けている手の感触とか、いかにも急いで着てきましたと言わんばかりのヨレヨレのシャツとか……。何から何まで見ていると余計に泣きそうになって、くやしかった。
 くやしかったから、わたしは添えられた手を振り払って、その胸に飛び込んだんだ。背中だけじゃなくて、前も、後ろも、体全部で質感、生きている人間を感じる。そのことにとてつもなく安心したことが、何よりもくやしかった。
「喉、乾いた」
「ん。ポカリ買ってきた」
「……わたし、アクエリ派だもん」
「よし、じゃあポカリ飲み干したらアクエリ買ってきてやるからな。いっぱい飲め、ガブガブ飲め」
「やっぱ、いらない。……頭痛い」
「ん、薬飲もうな。けどその前におかゆだ。買ってきたから」
「いらない。……だるい」
「一口食ったら寝ていいから。何か食いたいもんあるなら買ってくるし」
「……何も、いらない」

 ひとりは、さみしい。

 いつものわたしなら絶対に口にしない一言が、キャンディのように転がった。ベッド中に散らばる星屑もどきと同じに打ち捨ててくれればよかったのに、そいつはにへらと笑うと、わたしの頭を撫でた。
「うん、そばにいる。だから、早く治そう?」
 その時、わたしが覚えた感情は何だっただろう。きっとわたしは、それの意味も、名前も知っているけれど、知らないふりをした。今すぐ流れてしまいたいと縮こまりながらそいつから離れて、無造作に飴をひっつかんで口に放り込んだ。そしてベッドに倒れ込んで布団をかぶった。
「……おなかへった。早くおかゆ持ってきて」
 はいはい、と返事をしたそいつが、電気をつける。
 もうどこにも、星空は広がっていなかった。

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