よんいちぜろ
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CATEGORY : にっき
いぬ が あらわれた!
DATE : 2010-05-03-Mon  Trackback 0  Comment 2
こんにちは、410です。
昼間に記事書くのってあんまりないよねって言おうと思ったけどもう3時じゃん……。

GW一旦中断して仕事中です。これ片付いたら、ついでに今週のうちにやっておきたいことを片付けてしまうつもり。
よく考えたらゲームしてる場合じゃなかったこととかよくあるよくある。まぁやるけど。

友人から、「正しい文章ってどういうのですか?」って質問が来たんだけど、考え込んでしまいました。
なんでも上司に、「お前の文章は悪くない、けど正しくない」って言われたんだそうで。
いや、ほら、文法とかが正しいのは絶対条件じゃないですか。翻訳なんですが、だからこそ、余計に。
けど、彼女が言いたいのはそういうことじゃなくて……なんだろう、もっとこう、ニュアンス的な……。
翻訳って雰囲気大事じゃないですか。だからなんかこう、わたしはこの作品の持っていき方とか解釈とか間違ってた?みたいな。
例えば

太郎は犬に出会いました。犬は怪我をしているようです。

この後に続く正しい文章はなんだと思いますか?
いや、これは問題提起とかそういうアレじゃなく、単純に気になるから。
正しい、ってどういうことを言うんだろう。太郎が正しい行動を取ったら正しい文章か?雰囲気がよければ正しい文章か?けど小説には、主人公がとんでもない行動を取るダークヒーローだったりすることもあるじゃないか。正しい行動=正しい文章じゃないと思うんですよね。
太郎が犬を拾ったら、そりゃいい話だよ。けど、もしかしたら太郎は犬を殺すかもしれない。それが悪か善かも、この段階で犬がどの程度怪我してるのかわからないから、はっきりしない。もしかしたら犬はもうどうやっても助からないから、太郎はせめて……と殺してあげたのかもしれない。
犬を拾ったのが正しいとも限らないだろう?もしかしたら犬は宇宙からの侵略者で太郎を食べちゃうかも。
そういうあれこれをこの段階で出しておけば正しいのか?
この文章から得られるのは「太郎が犬と会った」「犬は怪我をしている」だけであって、でもじゃあ、それだけを書けば正しいのか?
描き方もそれぞれだと思うんですよね。「お前……怪我、してるのか……」みたいなカンジで書こうと、「お前怪我してんねやー!ウチ来る?」みたいなノリでも、それはそれだろ。
正しい太郎の反応ってどういうの?正しい太郎の描写法ってなに?

話の持っていき方として、読者に静かでいてほしいのか、興奮してほしいのか、泣いてほしいのかとか、そういう感じで文章を変えたりすることはあると思うんですが、それが正しいか?と言われると……いやいやいや。
わたしの持論展開になるんですが、感想はその人のものだと思うんですよね。読んだ人に委ねられている。
そりゃもちろん書いた人には書いた人の意図があるんでしょうけど、それを読者に強要するのは違うだろう?ここで泣け!って言われたって泣く人もいれば泣かない人もいる、面白いと思う人もいれば面白くない人もいる。
作る側の人間は、相手がどんなことを思っても「そっかそっか!あなたはそう思ったの!だけどとりあえず、読んでくれてありがとう!」って言う覚悟がないとダメだと思うんです。
なんだろ……受け入れる度量?的な?
相手に何かを与える職業ってのは、そういうものだろう?
相手に絶対にこう読んでほしいってのがあるなら、端にでも注意書きしておけばいい。ここは感動して読め!とか、ここは落ち着いて読め!とか。それは小説じゃなくなるだろうけど、相手の「感想の自由」を奪った時点でそれは小説じゃないからもうまんたーい。
いや、うん……作者的にこう思ってくれると嬉しいなとかはやっぱりあるんだよ。あるんだけど、そうじゃないのがダメって言ってたら、誰も読まなくなっちゃうだろ?
「だったらいいな」だと思うんですよね。それが正しいわけじゃない。

で、話が逸れたような気がする。
わたしはそういう考えなので(あくまでもわたしは!)
感想に正しいものがない以上、その感想のもとになる文章にも、正しい正しくないはない気がするんだがどうだろうか。
いや、翻訳という分野ならあるのかな……。うーん、でも意識しないよなあ?
作者が何を言いたいのかは考慮するけど……その辺間違っているカンジはしないんだよなあ。少なくとも第三者が読んでこうなんだろうなっていうところは押さえてある、というか。作者本人に確認すりゃはえーんじゃねーのと思うけど、上司の手前そういうのも出来ないんだろうなあ。
作者に確認したところで、日本語わからない人だったら、それが正しいかどうかの判断もビミョーだと思うし。
というか、作者が何を言いたいのかもさ、原文読んだってその通りかどうかもわかんねーぜ?読んだ人の自由だって、やっぱり。
言語が違う時点でそもそも本当に正しく伝えられることってないじゃないか。そんなに作者に近づきたきゃ原文読めよ。「アリス」とか直訳してみろ。全く意味わからなくなることうけあい。
翻訳というのはさ、やっぱり、作者が書きたいことと、文化・言語的に理解しやすいように噛み砕いてあげる作業との折り合いだと思うんですよね。英語で韻を踏んであったって、日本語にしたら台無しだったりするからね。
そんな、英語の慣用句とかで描写とか皮肉とか言われてもね、それ知らなきゃわかんねーし、日本語にしたらわかんねーし、だからと言って端っこに「※英語で「~~」は「~~」という意味がある」とかってあったらテンションさがるだろ!
作者の言いたい通りにしようと思ったら、やっぱり原文で本人が書いた文章しかないと思うんだ。そうすると、翻訳ってその時点で正しくないよね。
でも、それを正しくないと言ったら、じゃあ世に出回っている翻訳本は全部正しくないのか?ってなるじゃないか。いや、正しくないわけじゃないだろ?
ていうか作者が何を言いたいかわかろうなんて、そんなん、作者本人にならなきゃムリだよ。
つくづく正しい文章ってなんだ?わたしが書いているのは正しい文章か?

うーんと、直させるならもっと明確に言えばいいのにねってことか、な?
わたしまで一緒になってしばらく考えてしまったじゃないか。いつもの思考の暴走だよ!
ちなみにアリスの翻訳は小4の時にチャレンジしてマジで心折れたことあるよ!

そういえばこないだ見たアリス・イン・ワンダーランドのチェシャ猫マジでかわいかった……。あいついいやつ……。
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